粉砂糖を振り掛けたかの如き、城である。
 陽光に照らされた白壁は、更に見目の肌理細かさが増して見える。世界中の名立たる建築物と比べてみてもその壮麗さ、取り分け、この白壁の美しさは決して引けを 取らぬだろう。それなりに歴史も重ねているらしく、屋根の装飾や城の造りから威厳が感じられる。歴史的・美術的価値があり、しかも現存する建築物。建築雑誌や 観光ガイド、教科書等に写真や詳細が掲載されていて然りなのだが、しかし残念なことに紙面にてこの城を確認することは愚か、観光客が此処を訪れたことすら、唯 の一度も無い。それ以前に先ず、この城の存在自体を知る者が極めて少ないのだ。一体、何故なのか。
 此処は、アケメネス王国。
 そしてこの純白の城にはアケメネスの王族が現在も寝起きしている。
 果たして、この国を存知している者が世界にどれだけ居るであろうか。きっと居ない筈である。
 前言は撤回しよう。城の存在以前に、国の存在が知られていないのだ。
 世間に国と知られていない国、という時点で国として成立するのか否か、疑問ではあるが、それでもこの土地で生活を営んでいる人間は居る。国民である。国民の存 在があるということはそれなりの法も存在する筈であり、それを取り仕切る組織も存在する筈である。詰まり、国家は確かに在る。それを認める存在が無いだけなの だ。そんなもの、周辺諸国と外交すれば容易く解決するに違いない。しかし如何いう訳か、民衆も要人も含めこの国の人間は外部との交流に必要性を感じていないの である。事実今日までこうして周辺諸国に影響されることなく独自の文化や知恵を駆使し、自給自足の生活を送ってきた。他国を拒否し自国のみで全てを賄うという ことはその国の文化や秩序を保護する上で大変有効な手段である。これはこれで大いに素晴らしいことではあるが、何時までもこの儘の平穏が続くという保証など何 処にもないのだと、憂いを抱き始めた人物が、漸く、現れた。





 アケメネス城内、会議場。
 平素議論しなければならない問題が起こらない為滅多に使用されることのない此処に、本日、アケメネスに於ける全要人が集っていた。月に一度大臣が集う定例の集 会は開かれるのだが、何せこの国のことである、どの大臣も報告することなど特に持たぬ為食堂にて昼食を兼ねての形だけの集いである。それすら面倒だと云って欠 席する者が続出しているというのに、本日のこれは、一体如何したことだろう。極めて異例の出来事である。そもそも会議場が使用されているという時点で一大事な のだ。
「……では、当初の予定通り、ということで宜しいですな」
「異議のある者は……?」
「異議無し」
「ありません」
「……大体、異議のある奴なんて居るのか?」
「一応議題が議題故こうしてきちんとした会議という形を取ってはいるが、こんな事、わざわざ我々が集わずとも端から決まり切っていたに違いない」
「そうだよなあ」
 一体何についての会議なのか。話し合いは既に終盤である。出席者は口々に小声で雑談を始めつつさえある。普段使用されない会議場までが開かれているにも拘らず、 大臣達からは一欠片の緊張感も神妙さも感じられない。
「それでは特別異議も出て来ない様なので、本日はこれにて、」
「待て!」
 閉め切られていた会議場の重厚な扉が勢い良く開く。
 その際発生した風に因って僅かに戦ぐ蜂蜜色の髪。
 逆光に照らされ、尚一層際立てられた下半身――かぼちゃパンツの膨らみ。
 城内に居てこれを知らぬ者など、絶対に居ない。
「これはこれは、フラッペ大臣……随分遅う御座いましたね」
 アケメネス王国総務大臣――フラッペ・ハロウィーン。
「遅れてすまない。遅刻の理由は、」
 刹那、フラッペの眉間に皺が寄った。
「……云わずもがなだ」
 溜息混じりにそう云いつつ、所定の席へ腰掛ける。股を広げ猫背気味に坐り、備え付けの水差しから自らグラスに水を注ぎ入れ豪快に飲み干す様は、敢えて、言葉を選 ばずに云ってしまうならそれは、おっさんそのものである。
「それより。総務大臣である俺を抜きにして勝手に会議を終えるとは、一体如何いう料簡だ」
 グラスを卓に叩き付けながらフラッペは乱暴に云った。おっさん、というより、それは男そのものである。
 男に、限りなく近いと云って良いのかも知れない。
 この様な所作で「俺」という一人称を使用してはいるが、この人、歴とした女性なのだ。女性の身でありながら、狭小とは云えど一国の総務大臣を任されているのだか ら、恐らく相当優れた手腕の持ち主である。この様な言動が許されているのは、矢張り彼女の能力が物を云っているのだろう。御蔭で皆、フラッペ大臣は女性、という 知識こそ持ってはいるものの実際にレディーとして扱う人間は城内に唯の一人として居ない。彼女の外貌を知らぬ城下の者などは、皆が皆、彼女を男だと思い込んでい る程なのだ。
「いえ、それはその……わざわざ大臣を煩わせるまでもない議題でしたし」
「俺が関わるか否かは俺が決めることだ」
「それは、……そうですが」
「……まあいい。で?議論の結果は如何なのだ?」
「はい、当初の予定通り、国内で選び抜くということに決まりました」
 比較的フラッペの席近くに坐していた、未だ若い男が快活な声でそう告げた。
「だろうな……」
「はい!」
「……………………この莫迦共が」
 ぼそりと吐き出された暴言は、丸で冥土の底から這い上がってくるかの様な、深く重く恐ろしい声色だった。
「はい……、は?」
「貴様等は皆が皆莫迦だと云っておるのだ!この一大契機に未だその様な閉鎖的な事を云いおるとは、何と情けない……!」
 フラッペは卓に拳を叩き付けながら立ち上がった。他の大臣達は彼女がここまで憤慨している理由を全く理解していない。
「も、申し訳、ありません……っ!」
 先程の男がフラッペに気圧されて訳も分からぬ儘、ほぼ反射的に謝罪を述べた。少なくともこの、未だ発言権すら儘ならぬ若年の要人には何の責任も無いのだが、しかし この彼の行為に因りフラッペは冷静を取り戻した。「……いや、俺も少々熱くなり過ぎた、すまん」と短く述べ、決まり悪そうに何度か咳払いをした後、
「この案件だが、一つ俺に一任しては貰えぬだろうか」
 先程までの彼女とは違う、しっかりとした威厳ある態度で申し出た。
「一任……ですか?しかし大臣には他にも重要な任務が御座いますし、」
「今の俺にとってみればこれが最重要任務だ。何、心配など必要ない。そんな長期に及ぶことでもないし、他の仕事も通常通り遣る」
 彼女の意志は固い。この場にいた要人達が、我々には思い付きもせぬ程の何かしらの構想が彼女の脳内に張り巡らされているのやも知れぬと思ったのか、将又単に仕事が 一つ減ったと思ったのか如何かは判然しないが、兎に角、この一件はフラッペに任されることとなったのである。